生まれ育った畑から
工場に運ばれて、
てん菜は砂糖になる。
日本甜菜製糖株式会社
芽室製糖所長
菊池 文夫さん
(芽室町)
1982年、日本甜菜製糖株式会社に入社。技術部長を経て、2020年より執行役員、同年に美幌製糖所長、2022年に芽室製糖所長に着任。てん菜糖とてん菜産業の発展のために指揮をとる。
砂糖の甘さは、農作物の甘さ。
その事実を知らないから、
とかく世間は砂糖に甘くないのかもしれません。
あらぬ誤解に負けず、砂糖を世に送り出す人がいます。
これは、糖軍『菊池 文夫』殿の忠節の物語——
砂糖はてん菜がつくっている、
我々の仕事は砂糖を取り出すこと
砂糖の原料は、暖かい地域で育つ「サトウキビ」と涼しい地域で育つ「てん菜」です。日本では、沖縄・鹿児島のサトウキビから約15万トン、北海道のてん菜から約60万トンの砂糖がつくられています。つまり、国産砂糖の約8割が北海道産のてん菜からできているというわけです。
北海道には、砂糖を製造する「製糖所」が7つあります。ホクレン農業協同組合連合会(ホクレン)の中斜里製糖工場・清水製糖工場、北海道糖業株式会社(北糖)の北見製糖所・道南製糖所、私ども日本甜菜製糖株式会社(日甜)の芽室製糖所・美幌製糖所・士別製糖所の3者7工場です。その中で一番新しいのが、芽室製糖所。とはいえ、落成は昭和45(1970)年で、当時は「東洋一」といわれる規模と生産力を誇りました。それから53年が経ちましたが、近年でも年間約100万トンの原料てん菜を集荷・裁断し、約16万トンの砂糖を製造している当社の主力工場です。敷地内には「シュガーサイロ」と呼ばれる砂糖の貯蔵設備もあり、包装前の砂糖を約3万トン貯蔵できます。砂糖3万トンというと、札幌市民の1年間の消費量をまかなえるくらいの量に相当します。
砂糖を「製造する」「つくる」と言いがちですが、正確には、私たちが砂糖をつくっているわけではありません。てん菜がつくった砂糖を忠実に抽出しているだけなのです。どういうことかというと——。まず、砂糖はショ糖を主成分とする天然甘味料です。次に、ショ糖は光合成産物であり、人工的に加工されたものではありません。葉緑体をもつ植物が、太陽の光を浴び、大気中の二酸化炭素と水からつくる炭水化物のひとつであり、本来は植物自らの栄養です。てん菜も例外ではなく、ショ糖をたくさん蓄えています。しかも、てん菜は二酸化炭素の吸収量が高く、効率よく炭水化物(ショ糖)を貯蔵できる畑作物として見直されています。そのショ糖を余すところなく取り出し、砂糖という商品にするのが、製糖所の仕事です。食料品製造業は第2次産業になりますが、製糖所はてん菜がまだ畑にいるときから関わるため、1.5次産業的と思っています。
採れたてのてん菜をすぐに処理!
秋から春、工場は24時間フル稼働
てん菜はほうれん草の仲間で、野菜のひとつです。当然ながら、放っておくと傷み、腐ってしまいます。そうなる前にどんどん処理して、砂糖を取り出さなければなりません。なので、収穫の始まる10月から翌年の春までは、24時間の連続操業です。この期間を製糖期といい、芽室製糖所では、前半の10月から2月ごろを「ビートキャンペーン」、後半の3月ごろからゴールデンウィークごろまでを「ジュースキャンペーン」と呼んでいます。キャンペーンには「戦闘」「軍事作戦」といった意味がありますが、この時期の工場の状態を言い得ているかもしれませんね。
ビートキャンペーンでは、てん菜を煮詰めて濃厚汁(糖液、シックジュース)にするまでの工程と濃厚汁から砂糖を結晶化する工程を行います。濃厚汁までの工程は砂糖を結晶化する工程の約2倍の能力がありますので、余剰となった濃厚汁は次のジュースキャンペーンの原料とするため貯蔵します。てん菜が腐らないところまで迅速に加工して、そのあと、砂糖の結晶を取り出していく作戦というわけです。ジュースキャンペーンでは、貯蔵した濃厚汁から砂糖を結晶化する工程を行います。
この作戦を実行するのは、工場部隊。3交代勤務で、てん菜をひたすら砂糖にしていきます。そのためには、てん菜を畑から工場まで運ばなければなりません。その任務を担うのが、原料部隊です。収穫と運送の計画を練り、てん菜の受け入れ態勢を整えます。生産者のみなさんに立ち会っていただき、てん菜の糖度と重さを測り、売買取引を成立させるのも原料部隊の役目です。
製糖期が終わると、工場は休止します。意外かもしれませんが、製糖所はてん菜の収穫に合わせた季節操業なのです。とはいえ、休むのは製糖機器だけ。6月から9月までの約4カ月を修繕期といい、メンテナンスや老朽化した設備の交換などを行い、次の製糖期に備えます。また、8月ぐらいまでは、シュガーサイロに貯蔵した砂糖を包装して出荷するという仕事も続いています。この時期は、てん菜の成長期。なので、契約を交わした生産者の方々の畑を巡回して、生育状況を観察しながら栽培技術の指導にあたります。生産者と製糖所の関係は、品質の良いてん菜を共に育てる同志のようなもの。だから、畑に適した品種を選び、種から育て、収穫するまでの一連の作業に伴走するのです。
てん菜から砂糖を取り出す方法——
洗って切って煮て、それから?
かつて、てん菜は、鉄道で工場まで運ばれました。昭和40(1965)年ごろを境にトラック輸送が増え、いま、芽室製糖所にはトラックに乗ってやってきます。収穫時期になると、300台ほどのトラックが、収穫計画に基づいてエリアをめぐり、畑で葉を切り落としたてん菜を積み込み、工場の敷地内にあるビートビン(てん菜を搬入する施設、てん菜置き場)まで運ぶのです。そこに入り切らないてん菜は敷地内の貯蔵施設に積み上げ、出番を待ちます。
製糖には、〈受入〉〈洗浄〉〈裁断〉〈滲出(しんしゅつ)〉〈清浄〉〈精製〉〈濃縮〉〈結晶化〉〈分蜜〉〈乾燥〉〈包装〉の11工程があります。具体的にご説明しますと、まず、ビートビンから工場内に移されたてん菜は、洗浄機で汚れを落とし、裁断機でフライドポテトほどの大きさに切断します。次に、約70℃のお湯に約2時間浸すことで細胞膜を破壊し、ショ糖を抽出します。約16%の濃度になった液体をロージュースといい、含まれるショ糖の純度は90%ほど。そこに混ざっている不純物を取り除かなければいけません。このときに使用するのが石灰です。ロージュースに、焼いた石灰を混ぜて二酸化炭素を吹き込むと、炭酸カルシウムが発生して不純物を抱き込みながら沈殿するので、それを濾過します。ところが、不純物はまだ除去しきれません。なので、イオン交換樹脂という物質を用いた方法で、液体中に溶け込んでいる不純物を取り除いていきます。この処理後のショ糖の純度は98%です。この純度の高まった液体を濃度65%ぐらいまで煮詰めると、濃厚汁(糖液、シックジュース)になります。それを結晶缶と呼ばれる大きな釜に入れて、さらに煮詰めます。煮詰まるとどうなるのか。液体が限界を超えて物質を溶かし込んでいる「過飽和」という状態になります。つまり、濃厚汁の中にショ糖が溶け込んでいられなくなるわけです。そこに「種糖(たねとう)」と呼んでいる細かな粒の粉砂糖を入れると、それを核として結晶が始まります。続いて、分蜜機という巨大な脱水機にかけて、固体の結晶と液体の糖蜜に分離して、結晶を乾かしてから冷やすと、砂糖のできあがり。これが、一番搾りのバージンシュガー「グラニュ糖」です。糖蜜にはまだショ糖が残っていますから、回収して再び結晶化させます。その二番搾りが「上白糖」で、当社では士別製糖所が製造を行っています。さらに結晶化を繰り返した三番搾りが「三温糖」ということになりますが、てん菜から三温糖は製造されておらず、粗糖を原料とした精製糖工場で生産されるものです。以上の基本的な製糖工程は、当社が創業した大正8(1919)年からさほど変わりません。もちろん技術は発展しているので、より効率よく、品質のよい砂糖ができるようになりました。
てん菜を余すことなく使って
機能性食品や飼料まで!
てん菜から砂糖を取り出す過程で、ビートパルプ(糖分抽出後のてん菜)と糖蜜が出ます。これはどこの製糖所でも同じ。一般的にビートパルプは乳牛の飼料にします。これはもう18世紀のヨーロッパで、てん菜の砂糖づくりが始まったころから変わりません。芽室製糖所では、10年前に省エネ型のビートパルプ蒸気乾燥設備を導入しました。水蒸気を再利用して、温室効果ガス排出量の削減にも努めています。もう一方の糖蜜は、製糖所によって利用方法がちょっと違います。現在では、健康増進や疾病予防が期待される「機能性食品」をつくることが多く、芽室製糖所ではオリゴ糖やアミノ酸の一種であるベタインをつくっています。また、ビートパルプからビートファイバー(てん菜食物繊維)をつくっている工場もありますね。
生産者のみなさんが手塩にかけて育てたてん菜を余すところなく使っているという自負はあります。ただ、もっと活用できるのではないかとも思っています。何しろ、てん菜は輪作作物として十勝には欠かせませんから、生産者や地域のためになり、地球環境のためにもなる取り組みを進めていきたいですね。いま、全社を挙げて「てん菜糖業」から「てん菜産業」への飛躍を目指しています。
もうひとつ目指しているのが、砂糖離れに歯止めをかけること。砂糖を食べると糖尿病になる、虫歯になるという健康被害の誤解を解いて、必要以上に砂糖を控えなくてもいい世の中にしたいですね。砂糖の甘さはてん菜の甘さ、すなわち野菜の甘さですから、安心してお使いいただけたらと願っています。