糖軍群雄の記

Interview #1

自然との戦いを制して、
てん菜は砂糖への
第一歩を踏みだす。

てん菜農家
米森 弘さん
(北見市端野町 JAきたみらい)

てん菜のほか、じゃがいも・小麦・豆類・ゴボウを栽培する畑作農家の四代目。北見で生まれ育ち、北見に根を張る39歳。JAオホーツク青年部の会長を務め、現在はJA北海道青年部の副会長。

砂糖の原料となる「てん菜」。
雪解けから雪が降るまでの長い時間をかけて、
慈しまれ、大きくなります。
農家にとって、自然はときに敵。
容赦なく仕掛けられる戦いを制したとき、
てん菜に、砂糖への道が開けるのです。
これは、糖軍『米森 弘』殿の戦いの物語——

春は鹿と戦い、夏は草や虫と戦う

ビートとも呼ばれるてん菜は、砂糖の原料になる作物です。そのままでは市場に出回らないので、あまり見たことがないかもしれませんね。見た目はカブやダイコンに似ています。別名「サトウダイコン」というだけあって、めちゃくちゃ甘い。でも、えぐみもすごく強いから、食卓にのぼることはまずないです。ロシア料理のボルシチの材料として有名なビーツという野菜がありますね。あれと同種らしいのですが、てん菜は料理には使いません。

ところが、えぐみを物ともせずに食べる輩がいます。鹿とかウサギとかキツネとか、鹿とか鹿とか…。とにかく厄介なのは鹿! 苗を植えた先から食べてしまうから、毎年、やる気を削がれます。てん菜は、4月下旬から5月上旬、まだ草木の芽吹かないときに植え付けをするので、恰好の標的になってしまうのです。植え付けがやっと終わって畑を見に行くと、植えたはずの苗がなくなっている。そこに手作業で補植する。また食べられる、補植する…それを繰り返すわけです。このあたりには芯ごと食べてしまう仁義なき鹿はいないので、まだマシ。芯さえ残っていれば、てん菜は復活するからです。

鹿との戦いの次に待ち受けるのは、草との戦い。草に肥料を取られてしまうと、てん菜は成長できません。だから、常に草のない状態をキープする必要があるのです。除草剤で退治できない草は手で抜きます。草に勝っても、次の戦いが…。青々とした葉は、虫も食べたくなるのでしょうね。ヨトウガとシロオビノメイガの幼虫が容赦なく食い荒らしにきます。てん菜は、植えてから収穫するまで戦いの連続です。

複雑な輪作がてん菜を育てる

頭を悩ますのは、畑の戦いだけではありません。どの畑にどの作物をどのくらい植えるか、それを考えるのがなかなか大変です。同じ畑で同じ野菜をつくり続けると、生育が悪くなったり病気が発生したりします。この連作障害を防ぐ方法が「輪作」。同じ畑に、別の性質をもつ数種類の作物を数年ごとにローテーションしてつくる農業手法です。基本は、じゃがいも、小麦、てん菜の順番に植えます。例えば、秋まき小麦を播く9月20日ごろ、てん菜はまだ畑で成長を続けています。つまり、てん菜の畑のあとは秋まき小麦の畑にできません。土壌の状態や作物の成長と収穫などさまざまなことを考え合わせると、1枚(区画)の畑は「じゃがいも、小麦、てん菜」で回すしかないのです。この畑作三品の輪作は、昔からの習わしですね。僕が就農した20年ちかく前には確立していました。輪作というのは、農家が試行錯誤して見つけだした、作物を健康においしく育てる工夫です。受け継がれているだけあり、理にかなっていると実感しています。

いま、うちは豆類を入れた四輪作です。合計62ヘクタールの畑に、男爵いも・加工用じゃがいも・てん菜・春まき小麦・秋まき小麦・小豆・大豆・ゴボウをつくっています。大和地区で小豆をつくっているのはうちくらいで、大豆を初めて導入したのは僕です。ところが、豆をつくりだすと、それまでの輪作体系が崩れます。どこに豆を入れ込むとベストな輪作になるのか…と、考え抜きました。たどり着いた答えは、春まき小麦をつくること。知り合いと一緒に、春まき小麦の栽培に挑戦しました。今年ようやく、「小麦・てん菜・大豆・じゃがいも」という理想の輪作ができる畑をつくれました。とはいえ、23枚ある畑のうち1枚だけ。まだまだ道のりは遠いですね。うちは、逆ローテーションしている畑もあって、本当に複雑…。エクセルで畑のスケジュール表を管理しているとはいえ、頭の中はごちゃごちゃになりますよ。

夏休みするてん菜、お盆も働く農家

てん菜は、冷涼な気候を好む寒冷地作物です。日本では北海道だけで栽培されています。主産地は十勝エリアと北見のあるオホーツクエリア。でも、てん菜にとって、北見はちょっと暑すぎる。盆地なので、暑さがこもるのです。暑さに耐えられなくなったてん菜は、成長を止めます。これを「夏休み」と言っていますが、しおれて寝てしまうのです。天候はコントロールできません。人間にはどうすることもできない気温や雨の量、日照時間が、てん菜の甘さを決めます。僕たち生産者にできることは、てん菜が夏休みしない土づくりです。

土づくりで気を使うのは、酸性とアルカリ性の度合いを示す数値pH。てん菜は、pHが低い、つまり酸性の土壌では発芽しません。だから、アルカリ性の石灰を入れてpHを調整します。ここまではいい。でも、てん菜にはたくさんの肥料が必要です。肥料は酸性なので、使えば使うほどアルカリ性にした土壌を酸性に変えてしまいます。だから、酸性に偏りすぎないように肥料を与えなければなりません。苗が根づいて成長することを「活着」といいますが、畑をベストな状態にできると、活着がよくなります。収穫にも大きく影響するので、僕たちは、畑の特性を把握して土づくりに力を入れるのです。

てん菜が夏休みに入っても、農家はゆっくり休めません。秋まき小麦、春まき小麦と収穫が終わると、すぐに来年度のてん菜作付けのための畑づくりがスタートするからです。また、この時期は虫や草との戦いも続いていますしね。

北見から、農業を愛する日本をつくる

てん菜の栽培には、時間も手間もかかります。それでも続けているのは、輪作体系を守るため。それが一番大きな理由です。収穫のときは、よくぞ生き残ったなあと感慨深いものがあります。そのとき、消費者の顔はあまり思い浮かびません。てん菜は原料作物だから、そのままで商品となる野菜を送りだすときと違うのでしょうね。でも、ジュースやアイスの原材料に「てん菜糖」の文字を発見すると、「自分の一部がここにいる!」とうれしくなりますよ。

僕は農家ですから、いい作物をつくりたいといつも思っています。常に、それまでに自分がつくった一番いいものを超えていこうと。しっかりとしたものづくり、安定した営農が、僕の基盤です。JAの役員を引き受けてからは、より強く肝に命じています。

JA北海道青年部協議会の副会長としての目標は、農業を日本のみなさんに愛されるようにすること。僕の尊敬している先輩が、「常識とは多数決で決まる」とよく言います。多くの人にとってのあたりまえが、世の中の常識になっていくと。いまの日本では、農業が愛されているとは言い難いです。僕は、「農業を守らなければ!」「農業を応援したい!」と思ってくれる人を増やしたい。農業は国を支える大事なものであるという考えが、日本の常識になるといいなと思っています。そのためにも、今年も大きくて甘いてん菜をつくりますよ!

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